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カンパニーデラシネラ「ある女の家」 [演劇・芸術]

@シアタートラム、チケット代:前売4000円

 小野寺修二氏によるカンパニーデラシネラの新作公演。同じ「水と油」メンバーの藤田桃子氏に加え、俳優である浅野和之氏、河内大和氏が出演。公演時間は約70分ほど。

 劇中には殺人など、シリアスな場面も多々あったのだけれど、それらを含めても何というか「楽しさ」を感じさせてくれた内容。楽しさ、という面で言えば、今年観た作品の中で1番だったのかもしれない。

 開演前の舞台上には、左手に机と椅子、中央に何分の1スケールかの木製の家の骨格、右手に雑多に物が積まれて出来た山。奥にはバスケットコート。全体のストーリーを通じて繋がりは希薄だったけれど、連結性のなさが気にならないほどテンポよく話は進んでいく。

 音楽や音のないシーンはほとんどなく、逆に俳優が参加していることからニュースを読み上げるなど台詞が入るシーンがあった。その台詞を読み上げるのは、ガラクタで積み上げられた山の上にある机と椅子で、なんとも滑稽。河内氏は突然話せなくなったり、なかなか素晴らしい表情を見せたりと、じわじわと笑いがこみ上げてしまう。

 骨格だけの家を使った、移動しながらのパフォーマンス。男3人と熊のぬいぐるみのパーティー、喫茶店で次々交わされる契約書、強盗?計画のやりとりで生じた内ゲバ、そしてバスケットボール。バスケットボールはパントマイムかと言われれば、たぶん只のバスケットボールなんですが、終劇間際、照明が落ちる間際にボールが上手い具合に入り、思わず拍手。実に心地良い状態で、観劇を終えることが出来た。

 次回公演は2009年3月に青山円形劇場にて、「あらかじめ」。これに伴ってオーディションも実施されているので、実際どういう内容になるのか楽しみ。

http://setagaya-pt.jp/theater_info/2008/12/post_124.html
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イデビアン・クルー・オム「大黒柱 DAIKOKUBASHIRA」 [演劇・芸術]

@川崎市アートセンター アルテリオ小劇場、チケット代:前売4000円。

 イデビアン・クルーの男性メンバーに、俳優の佐伯新を加えた7人ユニット「イデビアン・クルー・オム」による公演。公演時間は約70分。

 「排気口」が旅館だったのに対し、今回は工事現場が舞台。大きな柱が1本、傾斜をもって立てられ、舞台上に白線が引かれていた以外は、セットは用意されておらず、非常にシンプルな構成。墨壺(舞台では白墨?)をパチリパチリとやりながら、途中、照明が変化するシーンが続き、徐々に登場人物が増えていく。

 公演パンフレットには、それぞれのシルエットに“「  」な男”とそれぞれ空白になっており、「自由にお書き下さい」とある。舞台を見ていくうちに、それぞれの役割がわかってきて「  」な男の部分が徐々に埋まっていくように。劇中冒頭には、このシルエットを影で表現するシーンがあって、「あぁ、ここでくるのか」と。

 登場人物のうち、佐伯新氏が全体の、井手茂太氏が現場の監督者というイメージに落ち着いてくる。残る5人のうち、ぶっきらぼうな人物であったり、何か落ち込んでいる人物がいると、それぞれのシーンで対応しようとしたり、しようとして失敗したりする。

 思わずやられたと思ったのは、落ち込んでしまった部下を励まそうとしたとき。まず2人がフンドシ姿で現れたところ。思わずギョッとしてしたのも束の間、追って、もう1人が梯子御輿に乗せられてやってきたときは何だか訳のわからない世界に連れ込まれてしまった。ただ、その姿で前を向いて立ち続けることはなかったのは、何らかの多少の配慮なのかもしれません(苦笑)。

 無事竣工し、7人が着席の場所を決めあったり、遠慮がちにスピーチを受けたのに長々と話す人というのは、日本ではどこでも見受けられそうで何ともニヤニヤ。あそこまで思い切って眠れたら幸せなんだろうけど、そうはいかないんだろうなぁ。

 大きな柱から中に入ったりするのかと勝手な期待をしたものの、そういったことはなく。実際は日時計的な使い方だったり、中に光を入れることで浮いたようなイメージを感じさせ、こちらも素晴らしいなと感じさせられる。

 ステージが小さいのと、登場人物が7人に限られ、それぞれの役割をイメージしやすい前提があったのでしょうが、グイグイと引き込まれていく印象が強かった気がします。また、新百合ヶ丘という場所柄、観客の入りはどうなるかと勝手に気をもんでいましたが、行った回は階段に座布団席が設定されるなど盛況でした。

 次回、イデビアン・クルーの新作は2009年8月。その前に、3月にはタイ人ダンサーも出演する「コウシカタ」があうるすぽっとにて。また、井出氏と子供による舞台が3月29日にTHEATRE1010にて。その他、振り付けを担当する公演も幾つかあるようです。

http://kawasaki-ac.jp/theater/081218/index.html
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ニブロール「Small Island」 [演劇・芸術]

@ZAIM

 展示エリアを利用した前半と、パフォーマンスエリアで行われる後半との2編構成。前半は約30分ほど、間に10分ないし15分ほどの入場時間を置いて後半は45分ほど。

 展示エリアを利用しながら進行するタイプの公演を体験するのは今回が初めて。展示エリアはラウンジを除いて照明、映像、衣装、音楽と4つあって、それぞれニブロールに関係する人々が担当していた。音楽は多数のヘッドフォンから大音量の音楽が流れていて、よくよく聴いていくと設置場所によって流れている音楽が違い、ヘッドフォンを付けたり外したりしながら全体で奏でる音楽を楽しむのが良いのかなと思った。

 公演前半は4つあるエリアのうち、照明と衣装の2カ所で同時に進行。それぞれ観るのが吉と聞いていたので、それぞれの部屋を適当に時間を区切りながら行ったり来たり。よくよく観ていると、演者のうち何人かも部屋を行ったりしたりしてました。

 昼公演で陽が差してたということもあって、カラフルさを感じたのは窓辺だった衣装側でしたが、パフォーマンスエリアが大きく取られていた分、混雑感が少し高かったです。一方、照明側は薄暗い中でのパフォーマンス。こちらは明確な仕切りがなかったので、陣取った場所によってはダンサーが近距離にやってくることもあった様子。それと、1度入ったときは暖房?が入っていたのに対し、もう1度入ったときは寒さを感じていたので、寒暖の差も演出に組み込まれているのかもしれません。

 前半終わって後半は、専用エリアでのパフォーマンス。整理番号は中程より後ろだったので、椅子席ではなく、残っている中で観やすそうな前列座布団席に着席。控えスペースとの区切りもないので何となく談笑を聴きながら開演を待っていると、「近距離に近づいてくるのでご注意を」的な説明を受ける。確かに前だしなぁとか思っていたら、本当に近距離でパフォーマンスが繰り広げられて驚く。ついでに頭や肩を掴まれました(苦笑)。

 後半パフォーマンスの中には、ギターの生演奏があったような気もします。これは最前列、かつ、柱があったので後方を確認するまでには至りませんでした。舞台上には7個のスペースがあり、それぞれの間での移動や閉じ込められているようなイメージ。終盤には「こんなの嫌だよ」の台詞が繰り返され、心に響きます。

 特に前半はエリアが2つに分かれていたこともあって、観ていない間の一方のエリアパフォーマンスが気になりますが、実生活でも同時に2カ所の物事を実際に観るのは難しく、そこは自らの選択と補完で埋めていきたいところ。横浜は自宅から少々遠いですが、行って良かったなと。

 来年の国内公演は、ミクニヤナイハラプロジェクトは2月に「青ノ鳥」がNHKシアターコレクション09として、6月に「五人姉妹」本公演が吉祥寺シアターで。ニブロールは3月に「no direction。」が愛知芸術劇場という予定のようです。

http://www.nibroll.com/
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安部公房×岡田利規「友達」 [演劇・芸術]

@シアタートラム

 2時間15分ほど。

 安部公房氏による戯曲を、チェルフィッチュ・岡田利規氏が演出した作品。

 開場後、劇場に入ると何とも言えない照明が客席に注ぎ込んでおり、赤や緑、オレンジ、ときにはピンクの照明が場所ごとに代わる代わる差し込んでいました。雰囲気としては良かったのですが、さすがに公演チラシを読むにはちょっと目がチカチカしてしまいました(苦笑)。

 前売り段階で、その出演陣の多さ、濃さから一抹の不安を持つことなく足を運んだ本公演ですが、公演中は麿赤兒氏&若松武史氏の一癖も二癖もある動き、アドリブ?に大いに引き込まれてしまう。たまたまなのか足を運んだ回は前方2席は連続して空いていたのですが、見事もそこに活用していたあたり、実は最初から空けていたのかなと思ってしまうほど。他の方では、100円玉を落としたら隙間にはまって、ツツツッと客席側に転がりこみかけた偶然の産物も楽しめました。

 舞台は牛の全身パジャマを着る男の家に、突如やってきた9人家族とのやり取りが中心。隣人愛を唱えつつ、大いなる反復の中で徐々にパジャマ男の中に入り込んでいく様は、気がつけばふっと取り込まれてしまうようで後から恐ろしさも感じます。配布された公演概要に暴力を描くと岡田氏が言及していましたが、仮にこういう場面に遭遇するなら、いっそ物理的に殴られた方がよっぽど楽なのかもしれません。

 公演中も照明はふんだんに活用されていて、突如、セピア調の雰囲気にも。どうでも良いところでは照明の影響で、演者が履き替えた靴下が赤だったのか違う色なのか、はたまた素早く履き替えたのか微妙に混乱してみたり。

 何度か差し込まれる挿入歌も舞台の雰囲気が出ていて、実にすてき。登場人物のうち、末娘だけはチェルフィッチュの公演で見た独特の言い回しと動きが幾分感じられ、他の登場人物と比べて何とも言えない艶めかしさを感じた。

 ステージウェブにインタビュー映像が掲載されていたので、後ほど視聴する予定。

■演劇情報サイト・ステージウェブ
 「安部公房『友達』に挑戦するチェルフィッチュの岡田利規」

http://setagaya-pt.jp/theater_info/2008/11/post_127.html
http://setagaya-ac.or.jp/friends/



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表現・さわやか「美少年オンザラン」 [演劇・芸術]

@下北沢駅前劇場

 3回目の表現・さわやか。公演時間は1時間40分ほど。

 「そこそこ黒の男」「ポエム」に続き、毎年秋頃の恒例となりつつある、表現・さわやかの公演。客演には前回参加の佐藤貴史氏と、前々回参加の伊藤明賢氏。座席種は自由・指定と2種類ありましたが、今回は日程が少し長めだったせいか、無理な詰め込みもなく前後席幅もとれてスペース的な余裕があった気がします。

 公演自体は初日だったのもあるかもしれませんが、全体的に冗長で、前回、前々回と比べると「う~ん」と首をひねることがしばしば。全編を通して話を繋いでいく方法自体は変わってないものの、冗長さの印象が強まってしまって、大きく楽しませてもらうまでには至りませんでした。ただ冒頭部分は上手く話が流れていて、観客席も大いに沸いていたので、以降の部分も公演終盤にかけて補正が入り、冗長さは綺麗さっぱり無くなってることに期待したいです。

 個人的にはLONG BIG長井大の登場が見送られたのが残念。なにやらアンケートで一部に不評があったとのことで見送られたようですが、かわりに登場した新キャラクターと比べれば前者の方が良かったなぁと。

 パンフレットは1500円。月刊明星をモチーフにしたとかで、そのバカバカしさは今年手にしたパンフレットの中で群を抜いていました。予算に余裕があればオススメしたい一品といって良いでしょう。

 次回公演は4月にシアターブラッツ、7月に本多劇場でと年2回公演。かわって09年夏に予定していた猫のホテル本公演が延期に。猫のホテルWebサイトでは09年は公演を見送り、取材・勉強に努めるとのこと。従って、本公演は2010年までお預けなのかもしれません。

http://h-sawayaka.com/
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現代能楽集シリーズ第4弾「THE DIVER」 [演劇・芸術]

@シアタートラム

 主催は世田谷パブリックシアター、作・演出・出演は野田秀樹。公演時間は1時間20分ほど。

 2007年の「THE BEE」ロンドンバージョンに続く、野田氏による英語劇。キャサリン・ハンターら3名が共演。筒井康隆「毟りあい」が原案となった「THE BEE」と比べ、本作では能楽「海人」や「源氏物語」、それに現代に起きた事件が組み合わさっており、事前知識のない私は冒頭から中盤にかけてそれぞれを理解していくのに時間をかけてしまった。

 今回は日本語バージョンは連続上演されなかったものの、英国側スタッフの手による舞台美術は日本版と比べて点数が多い印象。また、本の表紙を使って能面、センスを使ったピザや電話の表現、それに布などによる妊娠状況の表現手法は相変わらず素晴らしく、それに加え、ソファの回転による舞台上にいる人物の切り替えなども自然に受け入れられた。

 野田氏が演じた主たる役柄は精神科医だが、終演後、じわじわと印象が強まってくるのは源氏の妻役・葵の上の役柄。このときにキャサリン・ハンターが演じている六条は、不倫相手の源氏との間に2回目の妊娠(1回目は堕胎)をしており、源氏に対して堕胎することを電話で告げるものの、その電話に出たのは葵の上だった。

 その葵の上は、センスを模した携帯電話で執拗に六条に電話をかけ直し続け、六条こと被疑者のユミが2幼児を殺害するのを決意させる言葉を葵の上が発する。それは日本語で発せられ、決して大きな声ではなかったものの、観客席が一気に沈黙したような印象を感じさせた。

 この電話のかけ直すシーンは十数回続き、葵の上が電話をかける→六条が電話に出て切る、の繰り返し行為から来る滑稽さに私は何度か笑ってしまった。しかし、その後に自宅に帰り、今回取り上げられた事件(Wikipedia-日野OL不倫放火殺人事件)の内容をWebで読むに、果たしてそこで笑った自分は何なのかという思いに駆られる。それは繰り返しの架空行為に対する笑いだったはずだが、それが実際の事柄であると捉え直すと、その場で笑った自分は何だったのだろうかと。

 舞台では2幼児殺害の罪で死刑か否かを捉えられたが、加害者であるユミは「4人殺した」と言う。野田演ずる精神科医役は彼女の精神状態に対する分析結果を出しつつも、苦悩に見舞われる。上記の物語や事件に加え、死刑制度も盛り込まれており、新聞などの書評にあるように1つの答えではないため、振り返りながら考えされる点が異なってくる。

 日本語字幕の表示器が2本ついてましたが、演出の判断からか反復のところでは表示がされないところも。また、台詞によってはフォントや消え方が変わっていたりと、単に表示するのではなく、演出が加わっていた様子。ただ、シーンによっては両翼手前側の人は字幕が見えにくかったのかなとも配置的に思いました。

http://setagaya-pt.jp/theater_info/2008/09/the_diver.html
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「瀕死の王」 [演劇・芸術]

@あうるすぽっと

 公演時間は2時間15分ほど。

 柄本明が主演する芝居を観たい!ということで、手配した次第。先日の白井晃演出作と同様、また一つ希望を達成できました。

 最盛期は90億(!)の国民数を誇った国も没落、荒廃。それを治める国王ベランジェ一世の死期も近づきつつあった。

 上演開始とともに舞台中央にある時計が動き始め、おおよそ2時15分を刻んだところで終了。14時から少し遅れて始まりましたが、公演自体は予定時間通りに終わった形です。セットは非常にシンプルで、出演者がはけて座る椅子や小道具なども客席から観ることが出来ます。照明の使い方も印象的でした。

 ただ前提は演目の通り、「瀕死の王」が2時間15分後に死ぬという人の生き死にを描いた作品。中世ヨーロッパと思われる国を治める国王が思いはどうあれ、刻々と迫ってくる死に向かい合っていくわけです。足腰がもろくなり、自分で立てなくなったり、車いすが必要になったりと。

 繰り返しになりますが、柄本氏の芝居を拝見したのは今回が初めて。テレビ、特に志村けんとの掛け合いが強く記憶に残ってますが、本公演でもそれを十二分に堪能できました。アドリブなのか、台本を崩したのかは判別できませんでしたが、共演者が笑いをこらえているあたり、前者なのかもしれません。死を題材にしながら、人の滑稽さを表現した部分とも言えそうです。

 冒頭から死を宣言され、死へと向けて物語が進んでいくのが分かっているため、途中少し緊張感がとぎれて脱落してしまいそうになりましたが、何とか最後までついていけました。ちなみに国王には2人の妃がおり、劇中の振る舞いを見る限り、死の受け入れと生への執着という立ち位置であったのかなと。死、に関しては早かれ遅かれ、誰にでも訪れるものであり、大笑いするシーンもありつつも、やはり色々と考えさせられますね。

http://www.owlspot.jp/performance/080928.html
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「偶然の音楽」 [演劇・芸術]

@世田谷パブリックシアター

 白井晃演出作品、公演時間は2時間15分ほど。

 2005年初演作品の再演。主役の仲村トオルは変わらず、相棒役は小栗旬から田中圭に。原作はポール・オースターの同名小説、翻訳は柴田元幸。

 疎遠だった父が遺した2万ドルを手にしたナッシュ。妻は自らのもとを去り、娘は姉夫妻に預けられた状態で、サーブを購入して放浪の旅に。そして、1年ほど経ち、残額がわずかになった頃合いに町中でポーカーに人生をかける若者ポッツィと出会う。

 A列からE列までを取り払い、前にせり出した奥行きのある舞台で、手前に設けられた階段からも役者陣が現われ、消えていく格好。冒頭、仲村トオルの声が上手く通っていない印象を受けたが、そうではなく、音声効果をかけながら回想シーンを表現していることに気付く。その間も他の出演者が光とともに動き、人それぞれに人生があることを印象づけられる。

 また、ポーカーの駆け引きや自動車での移動シーンでは光や音、もちろん演出などによって、それらが醸し出す速度感や緊迫感も味わえた。なにより、舞台全体が暗転することなく、いつのまにか舞台セットが追加され、消えていくのは素晴らしかった。

 出演者は8人で、登場人物は10名を軽く超えていたものの、それぞれの登場人物が似たりよったりすることなく、役柄が重複した印象を受けることはなかったと思う。特に大盛博史、櫻井章喜の両氏は素敵な衣装があったこともあり見た目の変化も楽しめた。

 そして終盤になって、ナッシュ役を演じた仲村トオルがほぼ全編、舞台から捌けなかったことに気付き、衝撃を受ける。この点をとって考えると、ナッシュとポッツィというより、ナッシュに主点を置いた作品なのかもしれないと観ながらにして、舞台を遡りながら考えさせられる。

 照明は齋藤茂男氏で、直近で観たイデビアン・クルー「排気口」や「混じりあうこと、消えること」も同氏の照明だった。シアタークリエイションの代表を務められているそうで、同サイト(http://www.theatercreation.com/)から公演履歴を見ると2005年の遊園地再生事業団「トーキョー/不在/ハムレット」を皮切りに同氏が携わる舞台に足を運んでいた。キャスト/スタッフ情報は記してこなかったけど、こういう関連性の面を考えると記していくのも良いのかなぁ。

http://setagaya-pt.jp/theater_info/2008/09/post_126.html
http://www.yukikai.co.jp/



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サスペンデッズ vol.5「MOTION&CONTROL」 [演劇・芸術]

@OFF・OFFシアター

 シリーズ同時代で早船聡氏を知り、主宰の劇団を初めて観劇。公演時間は80分ほど。

 大学の映画研究会に所属していた男2人が中央本線で、先輩の葬儀に向かいながら、大学時代の頃を振り返る。その振り返りと平行して、大学時代のサークル部室。男2人と3浪を経て入学した新入生の女学生が1人。入学何年目か分からない先輩と、その映画に出演することとなったとある劇団研究生の学生。そして謎の男。

 サークルに未所属だった私としては、残念ながら本作と重なる部分はありませんが、ひょっとしたらこうした会話も会ったのかなぁと。リンゴ農家の次男坊ながら、その実、戦争カメラマンで戦地で人の死を経験した先輩の存在を除けば、どこにでもありそうな、それでいてかけがえのない青春時代の風景なのかもしれません。妙な自信に満ちあふれていて、暑苦しいけど真っ直ぐな劇団研究生も実際にいそうですし。

 観ていて心に突き刺さるとか、重いテーマではなく、ひょっとしたらスッと入って、いつの間にか自分の中から出て行ってしまうのかもしれませんが、その間にはきっと何とも言えない暖かさがあるんじゃないかなと。舞台上で繰り広げられる学生同士らしい、やり取りというか、客観的に観ると思わず笑ってしまたときのような。もちろん、それぞれが秘めている思いも随所にあり、例えとして正しいかは分かりませんが非常にシンプルで演劇らしい演劇という印象を受けました。

 次回公演は2009年1月23日から25日に、シアタートラムで。「片手の鳴る音」。

http://www.suspendeds.net/
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イデビアン・クルー「排気口」 [演劇・芸術]

@世田谷パブリックシアター

 主宰の井手茂太氏も出演する公演。客演にザ・フォーサイス・カンパニーの安藤洋子氏。上演目安は70分でしたが、実際はもう少し長かった気がします。

 フライヤーが西洋風の建物だったので、そういうイメージを膨らませていったものの、実際は和風で旅館と意外なことに。パンフレットを見ると、出演者それぞれに人物名が割り当てていたり、簡単な相関図が記載されていたりと、演劇的な色彩が強い印象。

 そうした前提があったので、観劇しながらストーリーが自分の中に描きやすい。反面、舞台上の奥行きスペースを活用しながらのパフォーマンスが多々盛り込まれていて、どこに注力すべきか悩んでしまう。この辺、各個個別の動作が多いカンパニーを見るが故の贅沢さなのかもしれません。

 今回は上述のように井出氏が出演する公演で、実際に演じられている姿を初めて拝見。当然といえば当然な話ですが、こっちで勝手に想像していた以上に柔らかい所作をする方で、登場の度にそっちのけで目が行ってしまう感じ。あの柔軟性は日々の鍛錬がなせるものなんだろうなぁ。

 どこをキーファクターとして捉えるかが悩ましいところで、たとえば旅館を訪れた男女もそうだし、終盤になってスポットが当たった老人と息子の旅館主の関係、あとカルロス夫妻とか(苦笑)。予定公演時間より長くなったせいか、途中、少し間延びした部分もあったけど、相関図情報のおかげで集中力が途切れてしまうということは無かったと思う。

 終演後は、井出氏と安藤氏によるアフタートーク。排気口という演目の理由から、イデビアン・クルーの特徴である、各個個別の動きなどについて話を聞く。舞台上で皆が同じ動きするユニゾンとはまさに違うわけですが、それらに対する考えが少なからず明かされて満足。ただ、非同期性が突き進むとどういう風になっていくのかを考えると難しい。難しいけど、それがどういう姿になるかを考えるのもまた楽しい。

 当日はNHKによる撮影が入っており、アフタートークによれば10月頃に芸術劇場で放送されるよう。そういえば、いつもに比べて色のついた照明が印象に残ったのも文末に付け加えて、今後の振り返り時のトリガーにでも。

 次回公演は2008年12月。川崎アートセンターにて、男性メンバー7人による「大黒柱」。

http://www.idevian.com/
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